感染症対策に関する平成29年の『勧告』と残念な現状
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コロナ禍によって、政治家や官僚は勿論のことですが、多くの国民の皆様が「備え」の重要性を痛感されていることだと存じます。
これまで、公立病院の感染症病床や医療資源維持の重要性や、緊急時の国内における物資調達体制整備の必要性について、書かせていただきました。
今日は、『検疫法』に基づく水際対策と、『感染症法』に基づく国内の蔓延防止対策という「備え」について、とても無念に感じていることを書きます。
実は、最初の総務大臣在任期間中、行政評価局長と話し合って、平成28年(2016年)8月から11月までを調査期間として、「検疫感染症の国内侵入に備えた水際対策」や「国内の蔓延防止対策」の状況について、「実地調査」を行いました(総務省には、全府省庁の行政運営の実態に関する調査権・勧告権があります)。
「検疫感染症」というのは、国内に常在しないエボラ出血熱、MERS(中東呼吸器症候群)、鳥インフルエンザ(H5N1、H7N9)などの感染症を指します。
平成28年当時、海外では、エボラ出血熱やMERSが流行していて、多数の方々がお亡くなりになっている状況でした。
また、「観光立国政策」によって訪日外国人旅行者数が急増していたこと、4年後に東京オリンピック・パラリンピック競技大会が予定されていたことから、私は、徹底した感染症対策が必要だと考えていました。
調査対象機関は、厚生労働省(18検疫所を含む)、国土交通省、防衛省、総務省、16都道府県、15市区町村、44医療機関、関係団体などでした。
行政評価局による「実地調査」の結果、様々な課題が明らかになりました。
① 入国時の渡航歴等の申告が遵守されていない:健康監視対象者に漏れ、入国後発熱等
② 入国後の健康状態等の報告が遵守されていない:健康監視対象者からの報告が遅延・中断(約63%)
③ 指定医療機関の診療体制等の整備状況が区々:基準数での患者等の受入れを危惧する機関(約23%)
④ 院内感染防止措置等が十分でない:感染管理の観点から改善が必要とみられる事例等
⑤ 感染症患者等の搬送手段等の確保が十分でない:隔離・停留先や搬送手段の未確保等(11検疫所、5保健所)
⑥ 感染症患者等の搬送訓練が十分でない:総合的訓練や合同訓練が不十分(8検疫所、3保健所)
その後、総務省では、約1年間、関係官庁と調整をしながら改善策を検討し、平成29年(2017年)12月15日に、私の後任の野田総務大臣から厚生労働大臣に対して、閣議の場で『感染症対策に関する行政評価・監視の結果に基づく勧告』が行われました。
『勧告』の主な内容は、次の通りでした。
●入国時の渡航歴等の確認の徹底:入国審査と連携した渡航歴等の申告の周知徹底等
●健康監視の適切な運用の確保:罰則適用の取扱いも含めた報告遵守方策の検討・運用徹底等
●指定医療機関の診療体制等の適切な整備:指定医療機関の診療体制等の実態把握、実態把握結果に基づく改善措置、制度の枠組みや指定基準等の見直しの検討
●搬送手段等の適切な確保:搬送手段等の総点検、改善指示・助言等
●搬送訓練の適切な実施:検疫所への訓練の実施基準の提示、保健所への効果的な訓練の実施事例の紹介等
総務省は、各府省庁に『勧告』を行ってから、概ね半年後と1年半後の2回、フォローアップを行い、改善が見られない場合には、『再勧告』をすることもあります。
最初のフォローアップですが、『勧告』から約7カ月後の平成30年(2018年)7月20日に、厚生労働省から『改善措置状況』の回答がありました。
●入国時の渡航歴等の確認の徹底 ⇒厚生労働省は、平成30年3月30日付の通知により、法務省入国管理局に対して、「海外の感染症の流行状況に応じ、入国審査時に流行国の滞在歴の確認等を行うこと」「出国審査場等の渡航者が確認できる場所に健康監視制度を周知徹底するためのポスターを掲示すること」について協力を依頼しました。航空会社や空港管管理会社に対しても、アナウンスなどによる周知を依頼したそうです。
●健康監視の適切な運用の確保 ⇒厚生労働省は、平成30年3月、各検疫所に対して、健康監視の運用実態を報告するよう指示しています。
●指定医療機関の診療体制等の適切な整備 ⇒厚生労働省は、平成29年(2017年)12月26日付の通知により、都道府県に対して、管内全ての感染症指定医療機関における診療体制等に関する実態調査の実施を要請しました。
●搬送手段等の適切な確保 ⇒厚生労働省は、平成30年3月22日に、各検疫所に対して、隔離・停留先、搬送手段の確保状況について総点検するよう指示しました。
●搬送訓練の適切な実施 ⇒厚生労働省は、平成30年6月11日付の通知により、各検疫所に対して、総合的訓練の実施基準を示し、その定期的な訓練の実施を指示しました。都道府県等に対しては、平成29年12月26日付の通知により、保健所における移送手段の確保状況及び訓練の実施状況を確認するよう依頼しました。
総務省の『勧告』を受けて、厚生労働省が各所に通知や指示を出し、実態調査や総点検を依頼したところまでは良いのですが、その結果を受けて改善を実行したのか否かが肝心なことでした。
しかし、その後の厚生労働省は、令和元年(2019年)7月のコンゴ国のエボラ出血熱に関するWHO(世界保健機関)の緊急事態宣言への対応に追われ、令和元年夏に予定されていた総務省の2回目のフォローアップにも応じられないまま、令和2年(2020年)1月からは、新型コロナウイルス感染症対応に多忙を極める状況になりました。
令和3年(2021年)5月現在でも、2回目のフォローアップは、実施できていないままです。
令和2年7月1日の衆議院厚生労働委員会では、阿部知子委員(立国社)から、総務省の『勧告』に対する厚生労働省の対応を問われ、当時の加藤勝信・厚生労働大臣(現官房長官)は、次のように答弁されました。
加藤厚生労働大臣
「まず、総務省の関係には委員からも再三御指摘を頂いておりますので、調査結果を取りまとめ・分析に時間を要しておりますけれども、早期に取りまとめて、国として必要な助言・支援は行っていきたいと考えております。今年の7月中を目途に今作業をさせていただいているところであります」
令和2年7月31日に、厚労省は、『感染症指定医療機関に関する調査結果』(平成30年1月1日時点)をHPに公表し、10月21日には、『感染症患者等の移送に関する調査結果』(平成30年1月1日時点)もHPに追加公表しました。
しかし、加藤大臣が答弁された「国として必要な助言・支援」は、現時点では、未だ行われていないそうです。
改めて平成29年(2017年)当時の『感染症対策に関する行政評価・監視-国際的に脅威となる感染症への対応を中心として-』の勧告内容を読み返しましたが、全てが早期に実行されていたなら、昨年1月の新型コロナウイルス感染症の国内発生までには相当に「備え」が強化できていたはずだと、残念でなりません。
米国政府が既に表明したインドからの入国停止措置についても、日本政府の対応は余りにも遅過ぎると感じていますが、残念ながら現在は党や国会の役職も無い身で、内閣に対する発言力がありませんので、もどかしい限りです。
近年、前記したエボラ出血熱やMERSなど命に係わる感染症は幾度も発生しており、急速なグローバル化に伴う国境を越えた人や物資の移動によって、感染症は世界規模で拡散しやすい状況にあります。
現在の新型コロナウイルス感染症への対応としては間に合わなかった改善策についても、継続的に取組を続けていくべきだと考えます。