米兵不祥事と日米地位協定見直し論
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今月は、沖縄県で米軍兵が逮捕される事件が相次ぎました。
2月10日、米兵が14歳の女子中学生を車内で暴行し逮捕されるというショッキングな事件が発生しました。続いて17日には飲酒運転で現行犯逮捕、18日には酔った挙句の住居侵入で現行犯逮捕。
米軍基地を抱える沖縄県民の不安と怒りは大変なものだと拝察しています。
沖縄県知事や日本政府の抗議を受けて、米国側は「教育プログラム」「事件・事故防止策」の見直し強化と効果の点検を約束しましたが、沖縄県では「日米地位協定を見直すべきだ」との怒りの声が上っている旨が報道されています。
現在、公務執行中に事件を起こした米兵については、米国が裁判権を持ちます。公務外の場合には、日本が一次裁判権を持ちますが、起訴までは米国側が容疑者の身柄を拘禁することが可能です。ただし、日本の警察が現行犯逮捕をした場合には、日本側が身柄を拘束して取調べを続けることができます。
今回の3事件では米兵の身柄は日本が拘束しており、地位協定が邪魔になって捜査ができない状況ではありません。
しかし、米兵が加害者となる事件が起きる度に地位協定の見直し論が出てきますので、論点を整理しておきたいと思います。
米国と地位協定を結んでいる国には、ドイツや韓国などがあります。
「刑事裁判権(被疑者の身柄引き渡し等)」については、殆ど日本と同じ内容ですが、ドイツや韓国に対するものに較べると日本に対してはやや好意的な対応になっています。
日米合同委員会合意による運用改善で、1995年に、「殺人・強姦という凶悪な特定の犯罪については、起訴前の拘禁の移転についてのいかなる要請に対しても(米国側は)好意的な考慮を払う」こととなり、2004年には、「いかなる犯罪でも日本は引き渡し要請をできる。起訴前引渡しの場合は、米側捜査官の取調べ同席を認める」ということになりました。これまで、起訴前に4件の容疑者引渡しを受けています。
韓国と米国の地位協定では、「殺人・強姦・誘拐など12の重大犯罪のみ」は「起訴後」に容疑者の身柄を韓国に引渡しすることとなっています。
ドイツについては、殆どの事案でドイツが一次裁判権を放棄し、起訴まで米国が拘禁することとなっています。
「他国と比較しても意味が無い。とにかく米兵が公務中だろうが公務外だろうが、最初から日本で拘束して日本のルールで裁くべきだ」というご意見があるのも承知していますが、この刑事裁判権にかかる部分には、かなり慎重に検討しなければならない事情があります。
万が一、PKOで他国に派遣された日本の自衛隊員が、不幸にして派遣先で容疑者となってしまった場合のことも考えなくてはならないからです。
2005年に『京都産業大学世界問題研究所紀要』に掲載された岩本誠吾先生の論文が大変参考になります。
国連とPKO受け入れ国との「国連軍地位協定」では、PKO受け入れ国は、「PKO公務外」の犯罪であっても容疑者の身柄引き渡しを要求することはできないとされています。
イラクのサマワに派遣された陸上自衛隊も、現地の刑事・民事・行政管轄権からは免除され、日本の排他的管轄権に従っていたということです。
派遣先の国の刑事制度や司法制度の成熟度へ懸念から、「自国民保護」の観点でこのようなルールにしているようです。
日米地位協定の見直しをするとしても、取調べに弁護人の立会いが無い日本の司法制度について米国側が「容疑者への人権保障が不十分」と見ている限り、困難な状況が予想されます。容疑者引渡しに関する部分が最も難しい課題だと思います。
一方で、米国とドイツの地位協定を参考にして、日本も協定見直しについて前向きに検討した方が良いと思われる点もあります。
例えば、日本国内の米軍施設や区域の管理権です。ドイツでは、公共秩序や安全が問題となる場合には、ドイツ警察が施設内で警察権を行使できるそうです。
また、ドイツの環境法令を米国が尊重するという点も、日本でも実現すると良いと思います。
更に、ドイツは、米軍車両や航空機使用について保険加入義務を課しているそうです。沖縄で米兵飲酒運転が事件となったところですし、普天間飛行場のヘリ墜落事故もありましたから、ここは交渉すべき点だと思います。
これまでは、日本から地位協定見直しを提案することによって、米国から「こちらは米国の若者の生命をかけて日本の安全保障に貢献しているのだ。それならば、日本はもっと安全保障の負担をすべきである」と言われることを恐れてきたという面もあると思います。
米軍基地所在地の住民は、日々、騒音や事故の不安に悩みながら生活されています。
平和時には、米軍駐留による「抑止力」というメリットは実感しにくく、毎日の「負担」は目につきやすいものですから、なおのこと政府の対応は難しいものになります。
米国の大統領選挙で民主党政権が誕生した場合、この問題は更に複雑なものになるよう
な気がします。
今のところ、バラック・オバマ候補もヒラリー・クリントン候補も、その演説や声明の中で「日米同盟の重要性」を訴えています。
しかし、民主党は伝統的に「バーデン・シェアリング論」を展開してきた政党でもありますので、日本の出方によっては、安全保障について日本の負担増を求めてくる可能性は大きいと感じます。
2月10日、米兵が14歳の女子中学生を車内で暴行し逮捕されるというショッキングな事件が発生しました。続いて17日には飲酒運転で現行犯逮捕、18日には酔った挙句の住居侵入で現行犯逮捕。
米軍基地を抱える沖縄県民の不安と怒りは大変なものだと拝察しています。
沖縄県知事や日本政府の抗議を受けて、米国側は「教育プログラム」「事件・事故防止策」の見直し強化と効果の点検を約束しましたが、沖縄県では「日米地位協定を見直すべきだ」との怒りの声が上っている旨が報道されています。
現在、公務執行中に事件を起こした米兵については、米国が裁判権を持ちます。公務外の場合には、日本が一次裁判権を持ちますが、起訴までは米国側が容疑者の身柄を拘禁することが可能です。ただし、日本の警察が現行犯逮捕をした場合には、日本側が身柄を拘束して取調べを続けることができます。
今回の3事件では米兵の身柄は日本が拘束しており、地位協定が邪魔になって捜査ができない状況ではありません。
しかし、米兵が加害者となる事件が起きる度に地位協定の見直し論が出てきますので、論点を整理しておきたいと思います。
米国と地位協定を結んでいる国には、ドイツや韓国などがあります。
「刑事裁判権(被疑者の身柄引き渡し等)」については、殆ど日本と同じ内容ですが、ドイツや韓国に対するものに較べると日本に対してはやや好意的な対応になっています。
日米合同委員会合意による運用改善で、1995年に、「殺人・強姦という凶悪な特定の犯罪については、起訴前の拘禁の移転についてのいかなる要請に対しても(米国側は)好意的な考慮を払う」こととなり、2004年には、「いかなる犯罪でも日本は引き渡し要請をできる。起訴前引渡しの場合は、米側捜査官の取調べ同席を認める」ということになりました。これまで、起訴前に4件の容疑者引渡しを受けています。
韓国と米国の地位協定では、「殺人・強姦・誘拐など12の重大犯罪のみ」は「起訴後」に容疑者の身柄を韓国に引渡しすることとなっています。
ドイツについては、殆どの事案でドイツが一次裁判権を放棄し、起訴まで米国が拘禁することとなっています。
「他国と比較しても意味が無い。とにかく米兵が公務中だろうが公務外だろうが、最初から日本で拘束して日本のルールで裁くべきだ」というご意見があるのも承知していますが、この刑事裁判権にかかる部分には、かなり慎重に検討しなければならない事情があります。
万が一、PKOで他国に派遣された日本の自衛隊員が、不幸にして派遣先で容疑者となってしまった場合のことも考えなくてはならないからです。
2005年に『京都産業大学世界問題研究所紀要』に掲載された岩本誠吾先生の論文が大変参考になります。
国連とPKO受け入れ国との「国連軍地位協定」では、PKO受け入れ国は、「PKO公務外」の犯罪であっても容疑者の身柄引き渡しを要求することはできないとされています。
イラクのサマワに派遣された陸上自衛隊も、現地の刑事・民事・行政管轄権からは免除され、日本の排他的管轄権に従っていたということです。
派遣先の国の刑事制度や司法制度の成熟度へ懸念から、「自国民保護」の観点でこのようなルールにしているようです。
日米地位協定の見直しをするとしても、取調べに弁護人の立会いが無い日本の司法制度について米国側が「容疑者への人権保障が不十分」と見ている限り、困難な状況が予想されます。容疑者引渡しに関する部分が最も難しい課題だと思います。
一方で、米国とドイツの地位協定を参考にして、日本も協定見直しについて前向きに検討した方が良いと思われる点もあります。
例えば、日本国内の米軍施設や区域の管理権です。ドイツでは、公共秩序や安全が問題となる場合には、ドイツ警察が施設内で警察権を行使できるそうです。
また、ドイツの環境法令を米国が尊重するという点も、日本でも実現すると良いと思います。
更に、ドイツは、米軍車両や航空機使用について保険加入義務を課しているそうです。沖縄で米兵飲酒運転が事件となったところですし、普天間飛行場のヘリ墜落事故もありましたから、ここは交渉すべき点だと思います。
これまでは、日本から地位協定見直しを提案することによって、米国から「こちらは米国の若者の生命をかけて日本の安全保障に貢献しているのだ。それならば、日本はもっと安全保障の負担をすべきである」と言われることを恐れてきたという面もあると思います。
米軍基地所在地の住民は、日々、騒音や事故の不安に悩みながら生活されています。
平和時には、米軍駐留による「抑止力」というメリットは実感しにくく、毎日の「負担」は目につきやすいものですから、なおのこと政府の対応は難しいものになります。
米国の大統領選挙で民主党政権が誕生した場合、この問題は更に複雑なものになるよう
な気がします。
今のところ、バラック・オバマ候補もヒラリー・クリントン候補も、その演説や声明の中で「日米同盟の重要性」を訴えています。
しかし、民主党は伝統的に「バーデン・シェアリング論」を展開してきた政党でもありますので、日本の出方によっては、安全保障について日本の負担増を求めてくる可能性は大きいと感じます。